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IEEEはイーサネットが嫌い? 〜 IEEE 802.3小ネタ(4)

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技術標準規格ってお堅いものの代表ですが,そんなお堅い標準規格のひとつ,イーサネットの標準規格を定めているIEEE 802.3を,ちょっとマニアックな視点からイジってみようというシリーズです。


このTech-Sketchは硬派の技術ブログサイトだと,いちおう運営している側は自負をしているみたいです。ですから,これまでの3回の記事は単に『あした使えるトリビア』というだけじゃなくて,それなりに技術的な中身もあるネタにしていたつもりです。
 ・第1回: 「パケット」と「フレーム」
 ・第2回: イーサネットはCSMA/CD方式?
 ・第3回: イーサネットとIEEE 802.3は別物?
けれど,だんだんと書くネタが尽きつつあります。あと2回もしくは3回のネタは,名前あそびの様な極小ネタになりそうです。



■イーサネットとIEEE 802.3は別物?(つづき)

第2回目(小ネタ2)で,IEEE 802.3 のタイトルは『Carrier sense multiple access with Collision Detection (CSMA/CD) Access Method and Physical Layer Specifications』というチンタラと長ったらしいものだと書きました。実は,この説明はちょっとズルをしていました。このタイトルは IEEE Std 802.3-2008 (およびそれ以前) に付いていたタイトルなので,最新のものじゃないんです。
『CSMA/CDアクセス方式と物理層仕様』というタイトルですが,「ほとんど使われていないCSMA/CDをタイトルに残すのってどうよ?」という議論がIEEEであったのかどうかは存じません。でも,実は2012年版では,ついに,本当についに,このタイトルが変わりました。

IEEE Std 802.3-2012 のタイトルは,『IEEE Standard for Ethernet』。

なんとも思い切ったことに"Ethernet"の一言で済ませちゃっています。"キャリアセンスがどうのこうの"は捨てちゃいました。本当にスッキリしました。『これ(IEEE 802.3)こそがイーサネットの規格だぞ!』と言わんばかりです。前回に書いた「イーサネットとIEEE 802.3を混同するなかれ!」なんて古(いにしえ)の格言を知っているオジサン達には衝撃的なことです。

意地悪な見方をすれば『IEEEが"イーサネット(Ethernet)"の名前をパクった』とも言えますが,好意的に見れば『"イーサネットとIEEE 802.3は似て非なるもの"ではなくて,やっと"イーサネット=IEEE 802.3"(そのもの)になった』とも言えます。

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IEEE 802.3-2008の表紙
どの部分がタイトルなのかわからないほど,長ったらしいタイトルです。

無理矢理に日本語訳してみると...
「情報技術に関するIEEE標準 〜 システム間の通信と情報交換 〜 ローカルおよびメトロポリタンエリアネットワーク 〜 要求仕様第3部: 衝突検出付きキャリア確認多重アクセス方式(CSMA/CD)と物理層の仕様」
[★1]

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IEEE 802.3-2012の表紙
あっけないほどスッキリ。

こっちはわざわざ日本語訳する必要も無いですが...
「イーサネットに関するIEEE標準」
[★2]

ところで,タイトルが「Ethernet」になったのは上記の通り IEEE 802.3-2012 からですが,2008年版の規格を見ると,中身には Ethernet の名前がたくさん使われています。IEEE 802.3-2008 の本文冒頭部分も次の様な記述から始まっています。

1.1.1 Scope
This standard defines Ethernet local area, access and metropolitan area networks. Ethernet is specified at selected speeds of operation; and uses a common media access control (MAC) specification and manage- ment information base (MIB). The Carrier Sense Multiple Access with Collision Detection (CSMA/CD) MAC protocol specifies shared medium (half duplex) operation, as well as full duplex operation. 〜〜以下省略〜〜

つまり「この規格 (IEEE 802.3-2008) はイーサネットを定義したものだよ」と。すでに2008年かそれ以前から布石が打たれていたんですね。


■今回の小ネタ

IEEE 802.3の名称が30年の動乱を乗り越えてついに"イーサネット"に

"30年の動乱"は言い過ぎかもしれませんが,コラム記事なので許してください。

ところで,『IEEEは"イーサネット"という言葉を使うのを嫌がっている』っていうのは,単なる都市伝説だったんでしょうかね?


さて,やっぱり極小ネタはひとつだけだと尺が持ちませんので,今回はもうひとネタ入れてみようと思います。


■やっぱりイーサネットという名前は本当は嫌い?

IEEE 802.3 で,"イーサネット(Ethernet)という名称を使うのを嫌っている"というのが都市伝説じゃなくて本当だったんじゃないかと,あくまで私の邪推ですが,そう思われる痕跡はあります。

PoE」はご存知ですか? "Power over Ethernet"。
無線LANのアクセスポイントや,IP電話機,ネットワークカメラ,最近ではPoEで電源供給できるシンクライアント端末も登場しています。従来は機器を設置する際に,ネットワークケーブルと電源ケーブルの2本を最低でも配線しなくちゃいけませんでした。これを,ネットワークケーブル(ツイストペアイーサネット)だけでOKにしちゃうものです。まるで,電話線だけつなげばOKだった昔の電話機みたいです。イーサネットのツイストペアケーブルを使って給電もするものですが,別に野良仕様というわけではなくて,これもIEEE802.3で規格化されています。

ところが,規格の中を探しても「PoE」とか「Power over Ethernet」とは書かれていません。「Power via MDI」と書かれています。あらゆるイーサネットで使えるわけじゃ無いのはたしかにそうでしょう(光ファイバじゃ当然無理ですし)。overは不適切でviaの方が正確? そうかもしれませんが別にたいした問題じゃないと思います。PPPoEとか,VoIPとか,最近話題のVoLTEとか,ネットワーク技術では普通にoverを使ってますし。
それにしても「MDI」ですか。MDIとは Medium Dependent Interface の略で,乱暴に言えばUTPケーブルを機器につなぐRJ-45コネクタです。(ん?ちょっと乱暴すぎですかね?)。「EthernetをつなぐRJ-45コネクタ(MDI)を介して電源を供給するものである」と。説明されればたしかにその通りではあるんですけどね。
Power over Ethernet という名前が某ベンダでの呼称なので避けたかったのかもしれませんが,それだけじゃなくて「イーサネット(Ethernet)」の単語を使うのを一生懸命避けている気がしてなりません。でも「Power via MDI」では何のことやら,かえってわかりにくいと思いませんか?
ちなみに,IEEE 802.3-2012 では Section 2 に含まれる第33章「Data Terminal Equipment (DTE) Power via Media Dependent Interface (MDI)」を中心に記述があります。そして,この第33章もそこそこのページ数があるのですが,この中では「Ethernet」という単語は,見事に登場しません。よっぽど意識しないと出来ないことの様な気がします。前半で述べたように,今ではIEEE 802.3 の名前は『IEEE Standard for Ethernet』になりました。けれど,それまでは『イーサネット(Ethernet)』の名称を極力避けていたんじゃないだろうかと,うがった見方をしたくなるような痕跡ではあります。でもこれはあくまでも私の勝手な想像ですからね。


■今回の小ネタ(もうひとつ)

PoEは規格上の正式名称では"Power via MDI"という変な名前になっている

"正式名称では"と書きましたが,IEEE 802.3 の敗戦の歴史を知っていると,規格上で使われる名称だから『それが正式』と言うに値するのかどうか,私は懐疑的です。規格全体のタイトルを変更したIEEE 802.3ですから,今からでも「Power over Ethernet」に名前を変えて欲しいと切に思っています。


■おまけ: PoE概要

名前ネタを扱ったこのコラムの本旨からは外れますが,せっかくなので Power over Ethernet (PoE) の概要を。

EthernetのUTP(非シールド撚り対線)は4対8芯のケーブルを使用します。

10BASE-Tと100BASE-TXでは,送信と受信にそれぞれ1対ずつの2対4芯しか使いませんので,残りの4芯を使って電力供給が出来ます。(ただし,10BASE-Tと100BASE-TXの場合でも,データ線と電力線を共用する選択肢がPoEにはあるようです)。

1000BASE-Tでは4対8芯をすべてデータの送受信で使用しますので,電力供給はデータ線と兼用にしないといけません。送り側の Power Sourcing Equipment (PSE) ではデータ線に電力供給を乗せ,受け側の Powered Deivce (PD) でデータと電力を分離する処理を行うことになります。ちょうど,アナログ固定電話線で,電話局から電話機に電力供給しているのと同じ様なパターンですね。

10BASE-T/100BASE-TXでデータ線と電力線を分けるパターン:

Figure-ieee802.3-PoE-1.png

11000BASE-Tではデータ線と電力供給が合わさる:

Figure-ieee802.3-PoE-2.png


※ 電力線に使う線番号は,(4+5)と(7+8)のパターンと,(1+2)と(3+6)のパターンがあるので,図では線番号は省略しました。(X+Y)は撚り対線にする組です。それにしても,なんで(3+6)がペアになっちゃったんでしょうね。
参考: [★3],[★4]



[★1] IEEE Std 802.3-2008

[★2] IEEE Std 802.3-2012
http://standards.ieee.org/about/get/802/802.3.html

[★3] 日経BP ITpro - 「LANケーブルで電力供給するPoEのしくみ」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NNW/NETHOT/20040611/145722/
PoEの解説。文字だけでの解説ですが,わかりやすく書かれています。

[★4] 一般社団法人 電子情報技術産業協会 (JEITA) - 「ツイストペア配線最新規格動向と関連情報」
http://home.jeita.or.jp/is/seminar/110210_igcs/pdf/4.pdf
ツイストペアEthernetの最新技術解説。専門的ですが,図も多く,PoEの用途例もあって参考になります。

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